春原さんのうた

film

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■主要キャスト 沙知 役 荒木知佳 ・雪 役 新部聖子・剛 役 金子岳憲

まるで美術館の中を彷徨っているようだった。その中では個展が開かれていて、様々な種類の絵が飾ってあった。風景画・肖像画・静物画…。その飾られた絵画をひとつずつ丁寧に観て、私は何かを感じ取った。その何かは、個々の絵からぼんやりと現れる。それが何かは自分でもわからない。だが、すべて見終わった時、映画の中に明瞭な線を描いて、それは浮かび上がってきたのだった。

喪失感

最初のシーンは春だ。小川沿いに桜が咲いている。そのカフェの2階、窓から桜が見える席に2人の女性が座っている。1人は主人公の沙知で、もう1人は誰なのかはわからない。その人物が誰なのかは、映画の最後まで説明されない。そう、この作品は人間関係の説明描写が全くない。タイトルの「春原さん」らしき人物は画面に映るのだが、映画の中では、そうだろうと推察することしかできない形になっている。だから、映画の中で度々立ち上がる、登場人物たちが抱えた喪失感を、観客は可能な限り分ろうと努力するようになる。ここが、この作品の不思議な魅力となっている。

開け放たれた窓やドアから、外の景色が映るシーンが多い。外の音、環境音がこの作品に一貫して流れる音だ。風通しのよいとされる沙知の部屋では、風に乗っていろいろな音が聴こえてくる。それは、誰にでもあったかもしれない夏の日を感傷的に思い出させる。この映画の最も美しいシーンはカフェの2階の窓に沙知の映像が映し出される場面だ。登場人物たちは屋外からスクリーンとなった窓を眺めている。夏の夜、どこか遠くの花火を見ているような既視感すら感じる。

台詞

どこか小津安二郎の映画に似ていると思った。脚本を見てそれが、わかった。台詞が綿密に練られている。内容ではなく、会話のリズムが似ているのだ。ト書を外して、台詞だけ読むとわかる。

最後に

開けっ放しのドア、風が通り抜ける窓、揺れるカーテン、しかし風は目に見えない。失くしてしまった事のように。

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