草の響き

film

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■主要キャスト 工藤和雄役 東出昌大・工藤純子役 奈緒・佐久間研二役 大東駿介・小泉彰役 Kaya・高田弘斗役 林裕太・高田恵美役 三根有葵・宇野正子役 室井滋

走ることに意味はない。走ることは『禅』だ。「走っている時視界は洗われるようになって物がよく見え、感じることで直接外界に触れることができる(原作から引用)」。映画の中で『狂わないように走っているんだ』と主人公が言ったことが、特に印象的だ。走ることで見えること、見えなくなること、作品はそれを説明せず、確かに提示している。その潔さが心地よい。

移動

冒頭のスケートボードをとらえた映像が、その後の走る場面と対比しているかのように、執拗に続く。人の力による移動。この映画のキーだ。特に主人公が走る場面がいい。呼吸の音、服がすれる音、それらの音や身振りから、走っている心臓音が頭の中で鳴っているように感じる。特に後半、走力が増すにつれ、それを感じる。物語の盛り上がりによるものではなく、今、そこにある静かに反復する血の鼓動だ。

静謐な物語

小説と違い、映画は主人公の心理描写がない。その為、物語は淡々と静謐に進んでいく。いくつか起こる重大な事件も、主人公の心理から離れ提示される。原作と設定はほぼ同じだが、映画では主人公は既婚で、妻と暮らしていることになっている。それが物語の幅を広げる。主人公と絡む高校生についてもエピソードが追加され、作品自体を更に豊かなものとしている。直接的な心理描写がない映画の方が、小説よりも逆に登場人物の心理を深掘りしているのかもしれない。

時間の経過

東出昌大の演技が、素晴らしい。時間とともに移りゆく繊細な感情の動きを見事に表現している。その演技は大袈裟なものではなく、ちょっとした表情や佇まいだ。室井滋演じる精神科医と会う前、とその後と、時間の経過と繋がった感情を表現している。それは演出や脚本の力もあるかもしれない。だがそれは、緻密な演技あってのものだ。

映画のリアル

後半は原作にない展開をみせる。それは観客を少し戸惑わせるかもしれない。だがこれがなければ、主人公の感情の推移は映画の中で表現しきれていなかっただろう。そして意外な展開のラストシーンは、唐突に感じるかもしれない。しかし、自分は走る時の鼓動を確実に感じとれた。それが映画の、作品のリアルだ。

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